孤島の鬼

日々の備忘録。文章表現、感情表現の練習の場です。更新はなるべく毎日・・・

【読書】本陣殺人事件【読了】

昔読んだはず、なのでキーワードは覚えていた。離れで男女が死んでいた。その時間周囲には雪が積もっていたが、そこに向かう足跡、そこから脱出した足跡のどちらも存在していない。部屋にあつらえられた屏風には3本指の血の跡が・・・ざっくりこのレベルは覚えていたが、途中の軽い推理談義や金田一耕助がふらふらと流れて海外にいたこと、麻薬中毒で使い物にならなかったのが、ある事件を解決して、そこで出会ったパトロンに出資してもらい大学を出たことなんて覚えてなかったなあ。面白い記憶があったのだけど、こんなところは飛んでしまうのだな。よく読んだ本のうち、記憶に残るのは2割程度、という話を聞くけど、この作品もそれに該当する。

3本指の男がふらふらと歩きまわっているというある事実を、全く関係のない事件に結び付ける。複雑な出来事というのは、こういった独立した出来事を一本筋が通った話であると思いたがる人間の性質によって生み出されるのかもしれない。

さて、時代が時代だけに権力者と身分の低いものの関係が固定されていたり、かといってそれが昔ほどではなかったりするが、田舎ではまだまだ、といった戦争を経て、それぞれの価値観が揺らいでいるころの話だと思う。それだけに法律で裁けない、うやむやにされてしまった罪に対して私刑が執行される、これが横溝作品の根底に流れているように思う。

よくミステリ読みは動機に興味がない、なんてことを言われるが、(その裏返しが人間が書けてない、という批判だと思うが、)いやいやどうして動機がやっぱり大事だと思わせるね。ただしくは動機「も」だと思うが。

作者も作中でよく「講談じゃあるまいし」なんてことを書いたりしているが、語り口が軽妙かつ迫力があってせまってくるので読んでいて心地よい。テンポよく読めるのでそれに乗せられて読んでるこちらもテンションが上がってくる。

よく動機や、トリックのことが話題にあがりがちだが、こういった魅力を支える、基礎的な文章能力の高さ、語り口の見事さというのを今回発見できて、非常に興味深かった。

以前に読んだときは確か10年以上前、大学生だったか、高校生だったかのころなので、受けた印象や理解できていた部分も少なかったのかもしれない。特に因習に関しては現在の社会常識なんかをしっかり踏まえていない学生時分だとその魅力がしっかりと受け止め切れていない可能性もあったな。特異な因習も、現代の常識がわかっていない自分にとっては何が特異なのか理解できていなかったように思う。

表題作を含む3篇の短編集。本陣殺人事件は密室トリックもの、車井戸はなぜ軋るは劇中作を用いた入れ替わりをにおわす叙述トリックもの、黒猫亭事件は顔のない死体を用いつつ、とそれぞれに違った趣向が凝らされていて楽しい一冊。夏の暑い一日のおともに良いと思う。